精神障害者と就労

前回の続きです。

就労における精神障害者の取扱いは、経営者のみならず、労働者側も理解していない人が多いのが現状です。

2018年に国が障害者雇用を水増ししていると問題になったことから、「国だってやってないんだから事業者がやる必要はない」と考えている経営者もまだ存在します。

労働者側もそれにある意味同調し、「精神障害者だから不利に取り扱われても仕方がない」と考えている人も多いです。

本記事においては、このような認識に基づく誤りを正すと共に、労使双方が正しく法を理解し、活用できることを目指します。

精神障害者であることは、原則として採用前に告知しなくて良い

障害者権利条約第二十二条にこうあります。

1 いかなる障害者も、居住地又は生活施設のいかんを問わず、そのプライバシー、家族、住居又は通信その他の形態の意思疎通に対して恣意的に又は不法に干渉されず、また、名誉及び信用を不法に攻撃されない。障害者は、このような干渉又は攻撃に対する法律の保護を受ける権利を有する。
2 締約国は、他の者との平等を基礎として、障害者の個人、健康及びリハビリテーションに関する情報に係るプライバシーを保護する。

採用前の告知を義務付けることは、このプライバシー権に反します。常識的にも、採用前の告知を義務付けると、「能力不足など別の理由をつけて」不採用にするという事例が多発しかねず、精神障害者の保護に反します。厚生労働省も、平成28年に改正障害者雇用促進法が施行された際に、合理的配慮指針において以下の通り明確に採用前の告知義務を否定しています。

4 相談をしたことを理由とする不利益取扱いの禁止
障害者である労働者が採用後における合理的配慮に関し相談をしたこと
を理由として、解雇その他の不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め、
労働者にその周知・啓発をすること。

これらの法的根拠は障害者雇用促進法第三十五条で、懲戒処分や解雇処分、減給、降格、ストックオプションの剥奪その他の不利益な処遇は「不当な差別的取扱い」となり禁止されています。

従って、精神障害者であることを採用前に告知する義務はありません

例外的に義務があると考えられうる人は、飛行機のパイロットなど、健康状態の把握が極めて重要になる(操縦中の健康状態は大人数の生命に関わるため)職業に限られると考えられます。

「精神障害者であっても不利益措置をせず、また必要な配慮をする」と経営者は告知する必要がある

上記の合理的配慮指針には、こうも書いてあります。

事業主は、法第36条の3に規定する措置に関し、その雇用する障害者である労働者からの相談に応じ、適切に対応するため、雇用管理上次の措置を講じなければならない。

(リンクは著者が付した)

当該部分には、「相談窓口を会社に設けること」「相談への迅速な対応」「プライバシーへの配慮」「相談を理由とした不利益措置の禁止」の4つが定められています。

つまり、「精神障害者が安心して会社に告知でき、プライバシーが守られ、合理的配慮が受けられる」体制を整えておく義務が事業者にはあります。

上記の義務は「努力義務」ではありません。よくある勘違いですが、努力義務なのは雇用の安定や精神障害者の自立支援義務です。上記は「やった方が望ましいこと」ではなく「必ずやるべきこと」です。

「うちはあまり余裕が無いから、精神障害者に配慮なんてしていられない。普通の労働者と全く同じように扱うし、窓口も設けない」というのは、明確に法に反します。

合理的配慮が行うべきことの全てである

ここまで読んで「精神障害者だけ特別扱いするのか。逆差別だ」と思った人もいるでしょう。それは半分正しく、半分間違っています。確かに精神障害者に健常者を超えた「特別扱い」が必要なのは事実です。しかしこのような扱い自体は精神障害者「だけ」に行うものではありません。

例えば、妊婦に対しては、労働基準法六十六条で時間外労働をさせることができません。六十七条には育児の時間の付与、六十八条には生理が辛いときの休暇規定など、女性を「特別扱い」しています。例えそれで仕事の進みが遅れても、差別的取扱いをすることは許されません。

「女性は身体の作りがそうなっているから仕方がないじゃないか」という反論があるかもしれません。その通りです。精神障害者も、心の作りがそうなっているか仕方がないのです。

女性は望んで女性に生まれたわけではありません。同様に、精神障害者も望んで精神障害者になったわけではありません。そのような「仕方のないもの」に対して、「非効率的だから」と差別をしない、それこそが精神障害者の権利保護の中心となる考え方なのです。

これは、同性愛差別、性差別、人種差別等と系列を同じくする、「仕方がないものは社会全体で負担していく」という考え方です。それが女性の権利保護や、精神障害者の権利保護に繋がっています。

しかし、当然精神障害者に過度な特権を与えることは許されません(それこそが真の「逆差別」でしょう)。前回解説した「合理的配慮」がその線引きとなるものです。

しかしながら、「どこまでやれば合理的配慮となるのか」は事例によって、また障害の程度によって個別に定まるものであり、一般的な基準などは未だにありません。

結局、「精神障害者である従業員としっかり話し合って、要請があった場合はできる限りのことをしてあげる。ただ、過度な要求はしっかりと断るし、配慮をした上での不手際はしっかりと指導する」という常識的な対応に落ち着くと思います。

少なくとも絶対にNGなのは、(1)精神障害者に対してその不告知を理由に懲戒処分や解雇等の不利益処分をする、(2)精神障害者の業務効率が悪いときに障害を前提とした配慮をせずに叱責をする、(3)無視や孤立化等の病状が悪化しかねない措置を行う、(4)診断書や障害者手帳等を根拠に配慮を求めているにも関わらず一切対応しない、(5)病院への通院等による出社時間や出社日の調整を許可しない、等の行為が考えられるでしょう。

判例は、合理的配慮を行ってきた事業者に対し、そこまで理不尽ではありません。例えば、合理的配慮を行ったにも関わらず業務効率が改善せず、またミスの隠蔽なども図っていた従業員の解雇を有効とした藍澤證券事件があります。

逆に、合理的配慮を行っていなかった事業者には極めて厳しい態度を取っています。O大学法人事件では、教員である従業員は従業員は生協職員に土下座させ、手首を切る自傷行為をしており、警察官に銃刀法違反で逮捕されました。通常の従業員であれば間違いなく解雇が有効となる事案ですが、当該従業員は精神障害者(アスペルガー症候群)であり、大学側が合理的配慮を欠いていたと認定されたため、解雇は無効とされています。それぐらい合理的配慮義務というものは厳しいものなのです。

なお、本判決において必要な配慮として、主治医に問い合わせること、アスペルガー症候群の労働者に適すると一般的に指摘されているジョブコーチ等の支援を実施すること等が挙げられています。

まとめ

  • 精神障害者であることは就労前に告知する必要はない
  • 経営者は精神障害者が安全に働けるように配慮する義務がある
  • 解雇の有効/無効を左右しうるほど、合理的配慮義務は重い義務